1ヶ月前から後頭部の右がピンポイントで痛い。
激しいスポーツをすると、脳全体が痛くてしょうがなくなる。
直射日光に当たっただけで激しい頭痛がする。
脳に何か異常があるんじゃね?
と思い、今日、人生で初めて脳外科へ行った。
テレビでよくみるあのCTスキャンとかやられんのかなー?
と思ったら、
本当にCTスキャンを取られた。
自分の脳がズラズラ〜と並んだレントゲン写真が、電気で見えるように、
ドラマであるような感じで、カチャッと挟まれーの。
先生の話そっちのけで、見とれてしまった。
へえー、なんやよう分からへんけど、きれいやわー。
と。アンディ・ウォーホルの作品のようだ。
捨てるならほしい、と思ったが、言えなかった。
結局のところ、異常はないらしい。
先生:「市販の薬で痛みが治まるんだよね?」
私:「はい…」
先生:「じゃ、痛くなったら、薬を飲んでください」
私:「あ、はい…」
先生:「…」
私「…」
…
あ、終わり?
って感じで、ありがとうございました、っつって診察室を後にしました。
初めての脳外科。初めてのCTスキャン。
何にもなくて、先生も困っておられた、気がする。話すべきことがないのに、私が「次はなんて言うのかな」的な期待の目で見るもんだから。
まあ、何もないらしくてよかった。
それを確認したら、シクシクと痛かった右の後頭部が痛くなくなり、
病は気からってほんまやね、と思いました。
健康って、ホントにありがたい。
脳だったら、入院費どれくらい掛かるんだろう、と、待合室でドキドキしちゃったから。
いやー、健康っていいね!ありがとう、ですよ、健康な体に。
2007年7月29日(日)は参議院選挙ですよー。
選挙権、行使すっぞー!
日本の近代史をちょいと齧っただけの知識ですけれど、
それでも、貴族だけではなく平民(男子のみ)が選挙権を得るまでの道のりや、
さらに女性が選挙権を得るまでの道のりを知ると、
先人たちの努力を無駄にするまいっ!
と暑苦しく使命感に燃えておる所存でございます。
で、29日の投票日にちょっと遠出をするもんで、昨日、不在者投票してきました。
市役所で。
初めての経験でした。
で、初めてだから、っていうわけじゃないけど、スーパーで晩御飯の材料を買ってから立ち寄ってしまい、袋下げていて恥ずかしかった。段取り悪いぞ、私。
しかも、初めての不在者投票で要領が分からず、いちいち立ち止まったけれど、
市役所の方も、暇だったのか、いちいち「あ、次はこちらです」と、
私が戸惑うたんびに、声を掛けてくださった。
(結局、普通の投票とほとんど同じ要領だった)
ありがとうございました。
で、投票用紙を手にしてから気づいたのですが、
「わたし、誰に投票するか決めてねぇー」
「投票する」しか頭になかった。「誰に」とか「どの政党に」っていう重要な部分が100%抜けてた。
ばか。。。
マニフェストとか、熟読している恐ろしい友達がいてびびったけど、そこまでやって選挙権行使もかっこよいな。てか、普通なのかな、これが?
で、まあ、ここで「およよ」となると、また市役所の方に、
「何か分からないことでも?」と心配されてしまうので、
「すっげー熟考してきましたよ、もちろん」ぐらいな感じで、
候補者の名前をさらさらと書きました。
与党以外の政党で、という部分は決まっていたので、まあ、もうちょっとがんばって欲しいなぁ、と常日頃から思っている政党の候補者名を書きました。
あと比例代表選挙の投票でも、同じ政党名を書きました。
いやー、選挙権行使するなら、もうちょっと色々調べたほうがいいなと思いました。投票してから。。。
でも、分からないから、と行使しないのも問題だから、投票会場へ足を運んでほしいなぁ、選挙権のある皆様にっ!
とにかく、投票は終えました。
思ったよりは、不在者投票に来ている市民がいました。
5人くらいいましたから。
便利だな、と思いました。不在者投票。
今度からこっちで投票しよう。
いま、TBSの『恋するはにかみ』を観ているのですが、久本雅美さんが、
「来年で半世紀だよー」って言ってた。
え、半世紀って、50年ってこと?
ってことは、久本雅美さんて、50歳?
うそーん?
芸能人って怖いわ。
若いわ。
久本さんのことを素敵な女性って思うんだけど、
前、「きっこのブログ」を読んでいたら、
信仰する宗教の関係で、好感度高いタレントの割には、コマーシャルが少ない(つか、ナイ、だったかな?)って書いてあった。
そうなんだー。
しっかし若いわー。さびてないわー。
50歳って、なんていうか、もうちょっと「50歳」だよね。
久本さんて、30代半ばって感じがする。
ってことは、私と同じ歳くらいに見えるってことかー。
すげーなぁ。
私も、「歳だからー!」(←チャン・ドンゴン風に)とか言ってないで、磨こう。中身と外身。
とりあえず、積極的に「外出」して行こうっと!!おしゃれもしていこうっと!!
人生楽しもうっとー。
中島らもの命日です。今日。
いつ亡くなったっけ?と、今調べたら、2004年だった。
2004年の7月26日。
酔っ払って、階段から落ちて、頭打って、病院に担ぎ込まれて、次の日に亡くなったんだよなー。
泣いたよ。
ちなみに、吉本新喜劇の岡八郎は、次の年、2005年7月26日に亡くなったそうな。
神戸新聞社の試験を受けに行くとき、
中島らもの『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』を読んでいた。
電車の中で。
ちっとも受かる気はしてなかった。
受かる気がするほど、準備してなかったし。
ただ、文章を書いて喰っていきたい、とだけ思っていた。
就職活動について、何にも知らなかったし、知る気もなかった。
今もおんなじ。
サラリーをもらうことについて、ちょっと舐めているかもしれない。
らもが、18歳のとき同級生が自殺して、そのときから倍生きて36歳のときに書いたエッセイ。
「かつてのロック少年たちも今では、喫茶店のおしぼりで耳の穴をふいたりするような「おっさん」なった。
そうした軌跡は、かっこうの悪いこと、みっともないことの連続で、それに比べて18で死んでしまった彼のイメージは、いつまでも18のすがすがしい少年のままである。
…年々薄汚れていく身としては、先に死んでしまった人間から嘲笑されているような気になることもある。
ただ、こうして生きてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に1回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。
だから「あいつも生きてりゃよかったのに」と思う。生きていて、バカをやって、アル中になって、醜く老いていって、それでも「まんざらでもない」瞬間を額に入れてときどき眺めたりして、そうやって生きていればよかったのに、と思う。…」
らもが死んだときも、生きていればよかったのに、と思った。
52歳。
まだ、もうちょっと、生きていてもいい年齢だったんじゃない?
まあ、いっか。
知り合いが、中島らもの知り合い、というのがけっこう周りにいたりして、なんとなく、知り合いじゃないけど、身近なおっさんだったし、
尊敬する作家だったし、
脚本家だったし、
劇団の主宰だった。
リリパットアーミーの舞台も何度か観に行ったし、
エッセイは、99%読んだ。
小説は、ちょっと読みにくのもあった。
好きになった男の子が、中島らもを好きと言ってくれて、うれしかった。
彼、どうしているだろうか。
らもが死んだ日、お月様がまっかっかだったことを覚えている。
それを見ながら、ビール飲みながら、ご冥福を祈る、ってのをやっていたのだ。
20代の初め、「まんざらでもない瞬間」を振り返るなんて、まっぴらご免だと思ったし、「まんざらでもない瞬間」なんて、そもそもなかった。
36歳の今、ときどき、「まんざらでもない瞬間」が私を救ってくれるようになった。過去に起こったことを、額に入れて、ながめて、うっとりして、それで今日をやり過ごす日が、ときどき…ある。
そうだそうだ、「生きていてよかった」と思った瞬間が、私にもあったんだ、と。
そんな歳になってしまった。わたしも。
昨日、劇団☆新感線の舞台、「犬顔家の一族の陰謀」っていうのを観てきた。
席が二階で、すっげーみんなが小さく見えたー。
もっと顔をよーく見せておくれー。てなもんですよ。
でも、おもしろかった。
犬顔一族の遺産相続がらみで死者が出ぇの、宮藤官九郎が金田真一という探偵の役で、なぞを解きぃの、っていうストーリー。
本筋のセリフより、ときどきアドリブ(だと思われる)で出てくる言葉がおもしろかった。
古田新太に、
「大阪芸大のときから、おまえを危険な男だと思っていたよ」
と、言ったところとか。
(誰が言ったかは忘れた)
久しぶりに観劇して楽しかった。
10年前に仕事を教えてくださったり、怒られたとき気に掛けてくださったりした恩人であるKさん(女性・69歳)をお招きして、誕生日会を開いた。
まあ、私の誕生日月間だから、私の誕生日会でもあるが、12月にお祝いできなかったので、Kさんのお誕生日会でもある、そんなお食事会。
最近、発見したイタリアンレストランにお付き合いいただいた。
10年もの間、私とKさんとやりとりが続いているのは、なんだろう、と考えた。
10年前に、バイト先で一人で何もわからず、手探りでなんとか仕事をしていたとき、一番に気に掛けてくださり、一番に私の気持ちを察してくださったことへの恩は、ずっと感じている。
あのとき、Kさんが、一番に「一人」でいる私を気に掛けてくださったのは、彼女も「一人」だったからだと思う。
当時、私がバイトをしていたとき、Kさんは59歳で、次の年に定年退職を控えている、という時期だった。
Kさんは、若い事務員さんに仕事を引き継いでいる最中で、自分のしていた仕事が、どんどん減っている時期だった。
それまでと状況が変わりつつあり、Kさんご自身も戸惑っていらっしゃった。
だから、私が一人でなにをしていいのか分からずオドオドしたり、
何かしては怒られたりしたとき、
一番に気持ちを察してくださった。
そのご恩は、今も忘れない。
「私は不安である」ということを、誰かが気づいてくださると、
じゃあ、どうすればいいか、という次のステップに繋がる。
結局、Kさんは、能力を買われて、さらに5年嘱託として勤務を続けられた。
そして、今。
私がKさんとやりとりを続けているのは、そのご恩を表したいという思いにプラス、彼女が「独身」でいらっしゃる、ということも一つの要因である。
Kさんにご家族があれば、もしかしたら、どこかの段階で、やりとりが終わっていたかもしれない。
同情、とは違う。気になるのだ。
それは、私も、今、一人で生活しているから…だと思う。
Kさんは仰った。
「時々、涙が出るんですよ。両親のことを思うと。昔は、両親から離れることばかり考えていたんですけどね。歳を取ったせいでしょうか。あのとき、母は、私にこんなことを言われてつらかったろうな、とか、そういうことを思い出して、つつつーと涙だ出ているんです」
きっと、私も、いずれ同じことを両親に思うのだろう。
「子どもをね、残せなかったこととか。両親に申し訳なかった、と思います」
きっと、私も、同じことを思うだろう。
今も、少し、思っている。両親、というよりは、自然、という漠然としたものに対して。
命があるのに、命をつなげないでいる、という罪悪感。
でも、それは、私が選んでいる道なのだ、とも思う。
Kさんも、実は、自ら、その道を選ばれた。
「5年間、お付き合いしていた男性がいたんですよ。25歳から30歳まで。でも、その方、婿入りしたんです。会社の上司に言われて、逆らえなかったんですね。お金持ちのお嬢さんのところへね、婿入りしたんですよ」
それは、いい。
誰かが、自分の人生のために、何かを選んだ。
ただそれだけだと思う。
Kさんだって、その後、誰かを選ぼうと思えば選べたのだ。でも、そうしなかった。誰をも選ばなかった。
選べなかったのかもしれない。
その男性の記憶があるから。
その男性は、奥さんの実家の言いなり生活を送っており、それが嫌で、それから10年近く、Kさんにずっと連絡を寄越していたそうなのだ。
なんと残酷なことを!
私にもいる。
自分で私ではない誰かを選んでおいて、連絡を寄越した残酷な男が。
選ばなかった選択肢へは、もう二度と連絡など寄越すなっ!
それが、やさしさだと思う。
Kさんは、
「ときどき、その方が今どうしているのかなって思うんですよ。連絡が取れないように、住所や電話番号を変えたのは私なんですけどね。調べようと思ったら調べられるのに、もう、連絡をしてくることはないですね」
と仰った。
それでも、Kさんが、自分の選んできた道のりや、今の生活に「幸せ」を見出していたら、それは、私にとっても「幸せ」なことで、
もしかしたら、誰かが、私の「幸せ」を、自分の「幸せ」だと思ってくれるかもしれないし、
なんというか、貪欲に「幸せ」を探すことは、もしかしたら、誰かを「幸せ」にすることなのかも、と思った。
Kさんが、「しゃべりすぎちゃったわ」と仰った。
「でも、楽しかった」とも。
よかった、と思った。
「私も楽しかったです」と言うと、
「今度、私の家に来てくださいね」
と仰った。
Kさんが、おうちの呼んでくださるなんて、
少しは私たち、打ち解けたのかも…。
何にしたって、とにかく、今日は生きている。
「笑い」と「幸せ」をどんどん拾っていこうと、改めて思ったKさんとの会食だった。
路頭に迷っていたところ、父親に無理やり押し込まれた職場がある。
といっても、アルバイトだったんだけどね。正社員じゃなくて。
産休に入る女性がいるので、一年間、ある団体(○○会、っていう名前)の事務員を「一人で」やる、というものだった。
おい、ちょっと待て。
右も左も分からない私に引継ぎ1日で、あとは一人って。。。
チャレンジャーな団体だなぁ。
とにかく、人がいなかったらしい。
もう、好きにしちゃうぞ。
って好きにしてたら、経理がなってない、と団体の会員さんに怒られた。
泣いた。25の夜。。。だってぇ、分からないんだもん。。。
その同じ建物内に、別の団体(○○協会という名前)があり、
○○協会の事務員のKさん(当時59歳・女性)が、随分、私を助けてくださった。
(○○会と○○協会は、相互に協力し合う性質だった)
いろんな会員さんから怒られるたび、
kさんが慰めてくれたり、アドバイスしてくれたりした。
私が、怒られて、途中でやる気をなくしたり、切れたりしたとき、
kさんがいてくださったおかげで、勢いで無責任にそのバイトを辞めずにすんだ。
あれから10年、毎年、年始の挨拶とkさんのお誕生日のときはカードは送っていた。
でも、いつか、一緒にご飯を食べに行きたい、と思っていた。
お金管理にだらしのない私も、今年からちょっとだけ貯金ができるようになり、
Kさんに電話をすることにしました。
「あのう、誕生日会やりませんかー」と。
本当は12月のKさんの誕生日にお誘いするべきだったのだけれど、
去年の12月は、まだ借金があって、本当に余裕がなかった(今年3月に完済した。てへ。ばか。。。)
Kさんに、お礼を込めて、ご馳走したかった。
ご馳走っていうと、上から目線で失礼かと思ったが、そうしたかった。
つづく。
ほぼ日刊イトイ新聞は、ほぼ毎日読んでいる。
そのなかで、
就職に関するコンテンツがある。
これ↓
http://www.1101.com/job_study/index.html
みうらじゅん、おもしろかった。
「『生きることは苦行』だとお釈迦さまも仰っているし、
生きることを「余暇」って言ったっていいんじゃねぇか」と。
暇つぶしじゃん、と言ってみようぜ、と。
どんだけ、自分をごまかせるかー、みたいな。
最後、死ぬんだし。
って。
だから、就職にしろ、「グレイト就職」とか、無駄にグレイト、なんてつけて、楽しむ、とかどう?
っていう提案。
私の事務所での仕事でためしてみる。
グレイト電話応対。
グレイトコピー取り。
グレイトプリントアウト。
グレイト食器洗い。
グレイトお茶出し。
グレイト申告書作成。
グレイト金額の入力。
グレイト税金の計算。
うふふふふー。なんか、おもろいかもー。
暇はどんどん潰してけー!!
みうらじゅん、すげー。
なぜか大学時代の先輩から電話が掛かってきた。
「スーパーミルクチャンというアニメを観なさい」と。
日曜日、観たよ。
まさかのレンタルがあったからさ。TSUTAYAに。
まさかあるとは思わないから、買おうと思ってTSUTAYA行ったの。
レンタルあるとはなー。やるなー。TSUTAYA。
で、ミルクチャン、内容は、おもしろかったのよ。
2回観たら。
だんだんおもしろくなってきた。
じわじわ来る感じ。
で、感想文を先輩にメールで送った。
あのキャラクターはどうだ、このキャラクターはどうだ、っつって。
で、締めに、
「おもしろかったですー、続きも観ていきますー」
って書いたのさ。
そしたら、電話が掛かってきて、
「ああいう生き方もあるのよ(ミルクチャンは、家賃を絶対払わない。カードの請求も無視。人に払う金はない!と豪語。マイペース。人を巻き込む。など)って、あなたに知って欲しくて」
はい。。。
「あなたに、元気になってほしくて」
はい。。。
そ、そうね。確かに、華々しい生活は、送れていないね、私ね。。。
残念ながら、それは認めざるを得ないねぇ。
しかし、大学時代の先輩から、そんなことを言われるほど、
私は、不幸そうなのか、とふと気づかされ、
もう少し、華やかな感じに振舞う必要があるのかも、と思った。
一応、先輩は、心配してくれたんだよな。
うん、うん。
ありがとーー!
家の近所にインド料理屋がある。
二年前にここに越してきてから、その店がある、というのは知っていた。
でも、なんだか怪しい照明で、店内は薄暗く、一人で入るには躊躇われた。
暇なのか、店員がしょっちゅう、店の扉を開けて外の様子を伺うのも躊躇いの理由。
ああ、あの店に行きたいのに、怪しい雰囲気に打ち勝てないじゃないの。
ああ、インド人の店員さんよ、その大きな瞳で、「いらっしゃい」光線を送るでないっ!
よけい入れないよっ!
そんな葛藤の二年間でした。
今日、というか、昨晩から「本場インドのカリーを食べたいっ!」という衝動に駆られており、
昨日は、台風のせいで中華料理にしてしまったが、
今日は晴れたので、絶対に、絶対に、インド料理屋へ行くっ!と朝に目が覚めたときから思っておったのです。
店に近づくと、ちょうどインド人の店員さんが店の外の様子を伺おうと扉を開けたところで、私と目が合うと、
「いらっしゃい」と微笑みかけてきた。
なんか知らないが恥ずかしい。
知らない人に微笑みかけられるのは、日本人には恥ずかしい…。
扉に吸い込まれると、とても愛想そく「いらっしゃいませ」といわれ、
「こちらの席へどうぞー」と、一流ホテルのレストランでの扱いのような扱いを受けた。
あら、素敵。
チキンカレーを頼み、辛さはミディアムっつうのにした。
ビールを頼もうかと思ったが、おーい、クーラー効きすぎちゃうかなー。
でも言えないから、
「温かいチャイをください」と言いました。
で、チキンカレー、予想以上のうまさっ!
さすがインド人やわー。
「0(ゼロ)」を発明した国民だけあるわー。
カレーがうまいっ。
ナンも上手い。タンドリーチキンも上手い。うんうんうんうんっ!
満足。
サービスもよかったし。気分よーい。
ああ、インドへ旅行したくなった。
が、なぜか、インドへ行くことに対して、ものすごくビビッてしまう。
なんか、インド人のマンパワーに勝てる気がしねぇ。
身ぐるみはがされて、泣き寝入りして日本に帰る自信があるのみ。
ああ、この家の近所が、もっとインド人で埋め尽くされたらいいのに。
いっそのこと、駅裏がインド人街になっちまえばいいのに。
ベトナム人とか韓国人とか中国人とかも集まってきて、いっそカオスと化すればいいのにっ!
そしたら、退屈な毎日から少しは抜け出せそうだのに。
ものぐさな発想。
自分で動けっ。
台風4号が近づいている。我が家に。
台風が近づくと、ものすごく頭痛がする。
へたすりゃ、仕事を休まなくちゃいけないくらい頭痛がする。
なんでだろう、と思っていたら、気圧の変化による、高山病の一種だと、知り合いのお医者様にご教示いただいた。
へぇーー、高山病の一種だったのかー。
で、今日も頭が痛い。
ずっと眠っていました。
でも、おなかは減るのです!
頭痛はしても、胃腸は正常なのです。
かといって、今から買い物して、料理作って…なんて気力は沸かないっ!
頭痛はするし、気力は失せているし…。
つうことで、近くの中華料理屋に行って、から揚げ弁当と餃子を買ってくることにしました。
足元がぬれるのが嫌で、スカートを履いて行ったんですが、
椅子に座って待っている間、あれ?これって、スースーし過ぎてねぇか、と。
あ、こりゃ、わたし、ノーパンやっちゃったな、と。
ま、そんな台風4号の日でした。
から揚げは、おいしかったです。
もともと、旅に出てしまう性質、私。
しかも、会社辞めてまで、長い期間ふらふらと日本から消える。
衝動は止まらない、止められない。
でも、もう36歳だからー、
辞めたら次ないからー、
我慢してる。
バックパックかついで、次はどこへ泊まろうかと、先が見えない旅。
そんな旅が大好きーー!
やっぱこうなりゃ、土日を使って、ぷちバックパックツアーin JAPANを決行しよう。
8月に。青春18きっぷを使って、行けるところまで行くという旅をやろう。
今日、チケットショップへ行ったら、ばら売りは、お盆明けくらいに、ぼちぼち入ってきます、と店員が言っていた。
なんなら、ばら売りじゃなくても11,500円(5枚)を買ってもいいよ。
この夏の間に、使い切る自信あるもんっ!
ネットで検索する腕にも力が入るーーー!
血沸き肉踊るぜーーー!
首が痛かった。
骨盤→腰→背骨→首、という一連の筋というか、骨格が歪んでいるらしい。
行きつけの整骨院へ今日も行って来た。
シベリア文太に似た先生のいる整骨院だ。
今日は、患者が少なくて、丁寧に診てもらった。
「これでゆっくり眠れますよ」
と言われた。
確かに、いま、すっげー眠い。
でも、眠るの勿体ない。読みたい本もあるし、観たいDVDもあるし…。
いやしかし、眠い、やっぱ寝ます!
注釈;シベリア文太とは、吉本興業の芸人です。
菅原文太に似ているので文太。芸が寒いのでシベリア。
シベリア文太。
芸人にあるまじき、噛み噛み男です。
噛むことが芸、という、彼にとっては有難い状況になってきています。
ボーナスが出ました。
うちのボスは、お給料やボーナスについては、きっちり出す、という良識のあるボスなので、暇すぎてしょっちゅう辞めたくなるけど辞められない。
個人の事務所だから、いい加減になる日があるんじゃないかと恐怖もあるけれど、給与に関して、きっちりしてもらっている(額は少ないけど、自分の仕事内容を思うと妥当だな…)。
ボーナスももらったし、仕事がんばるかーー、ってなるかというと、そうもならず。
やっぱり、ボスはもう少し事務所にいるか、指示を出すか、状況把握するか、なんかしないと、雇われている従業員のモチベーションが上がらないというか、自分の判断のみで「できること」をしてしまう。
これでいいのかな?。
できることしかしない。
明日に延ばせるなら、明日でいいやとも思ってしまう。
お客様相手だし、期限が恐ろしいほどきっちりした業界なので、もちろん期限は守るけれど、「それ以上のサービス」がどこか分からない。
これって甘えかなー。
いや、甘えだと思う。
でも、必要なコミュニケーション――――それは、この事務所が目指す最高のレベルはどこを指すか、という認識の統一とか、
どういうことまでするのが、お客様にとって有難いことか、お互いが知るとか、
そういう、確認の作業なんかをしたほうが、いいんじゃないかなー。
と、まじめなこともたまには考えつつ、ブログ読む時間を確保しつつ。。。。
先週、アパートのたくさん並んだ部屋のなかで、
なぜか、私の部屋の前に猫がいた。
飼いたい思いが通じて、我が家へ来てくれたのだと思ったが、近寄ると逃げられた。
今日見たら、扉に、おしっこの跡があった。動物らしき小さな跡が。
あの、あの、あの猫ちゃうかー!!
「あーいーつー!」
かわいさ余って憎さ100倍っ!
あいつ、おしっこしてたのかーーー!
今日なんか、どこからともなく、猫のウ○コちゃんの臭いまでする始末。
「どこ?どこどこどこ?」
結局、どこにあるか分からない。
(あ、臭いがするのは家の外からですよ)。
とりあえず、扉のシッコ跡は水で流し、
ウ○コちゃんの臭いのするあたりに、香水をかけまくった。
動物を飼うって、大変。(飼ってないけど)
昼休み。
カレーが食べたい。
そう思って職場近くの喫茶店へ行った。
日替わりランチが「和風ハンバーグ」だった。
おろし、いいね。
日替わりにしようと、扉を開けた。
テーブルについた。
新メニュー「坦々冷麺」が写真つきで紹介されていた。
結局「坦々冷麺」にした。
タッキーの早着替え(舞台)並の早変わりだった。
今日は誕生日だ。
0:07に職場の子からメールが来た。
泣けてきた。
あんまり、その子とは仲良くしないようにしていたのに。
職場の人とは職場の人として、距離を置いていたのに。
そういう子からメールが来た。
それでも私は、自分かこうやって死へ近づいていっているのが
怖い。
9年くらい前に、当時の職場の先輩Nさん(当時31歳女性)が、
「村上春樹のノルウェイの森を読んで、大学生のときに読んだときは、なんとも思わなかったけれど、
最近読み直したら、ぽろぽろぽろぽろ泣けてきた。
ああ、私も変わったんだなあ、と思った」
と言った。
私は、高校生のときに村上春樹のノルウェイの森を読んだ。
村上春樹の作品はすごくすきだったのだけれど、ノルウェイの森は、好きになれなかった。
それまでの村上春樹の作品に比べると、セックスに関する描写が生々しくて、好きにはなれなかった。自殺する人間も数人出てくるし、
18歳の私には、あまり受け入れられなかった。
当時28歳で、Nさんの話を聞いて、10年ぶりに読んでみた。
でも、心に響くものがなかった。
なんで、読む気になったのか、
さっき、ノルウェイの森を読んだ。
ぽろぽろぽろぽろ涙が出てきた。
あのころ、好きじゃなかったセックスのシーンも、
死んでしまった人たちのことも、
なんだか、すごく哀しくて、
受け止めようとする「僕」も、痛々しくて、つらそうで、
ぽろぽろぽろぽろ涙が出た。
そうね、私も変わったんだね。
私も、失くしてしまったものが増えてきた。
その事実を受け止めるのが、ちょっとつらくなってきた。
でも、生きていかなくちゃいけないから、
なんとか生きている。
そんな感じ。ちょっと、哀しくなった。
昼休み、ソース物が食べたくなり、たこ焼きを買った。
そして、いつもの公園で「うは、うめー。やっぱ、ソースだよなぁ」
と言いながら食べておりました。
いつものように、鳩が目ざとく食事風景を見つけ、ばっさばっさ言いながら飛んできて、私が座るベンチにとまりました。
あー、うぜぇ。
と少し怒ってみせると、ばっさーと飛び上がり、私の腕に乗ろうとしました。
あんた、どんだけー!
どんだけ人懐っこいのー!
って、動物保護団体からクレーム来そうなくらい振り払ってやりました。
ああ、たこ焼きがうまい。
と食事再開いたしますと、
チュンチュン、ってすずめが二羽飛んできました。
チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン…
って、どんだけー!
どんだけチュンチュン言うのさ、おまえたち。
つって、見ると、
も、えー!?っつうくらいくっ付いてんの。
ちょっと、ちょっと、あんたたち、どういう関係ー!
そんなにくっついて、あいつら、何してるのかなー、
って見ていたら、親子かなあ、兄弟かなあ。
それ、石ころだよね、っていう物体を、ちょっと茶色が濃い方のすずめが、
ちょっと茶色が薄い方のすずめに、口渡してんの。
で、薄い方のすずめが、一度は口に加えて、それから「ぺっ」っつって、吐き出し、
濃い方が、拾う。それを口渡す。吐き出す。拾う。口渡す。吐き出…、
だー、もうええわっ。
で、何、それ?
そんな、どういう関係か分からないすずめ二羽に釘付けのランチタイムでした。
日曜日、母親から電話が掛かってきた。
「お昼済んだのー。まだなら、一緒に食べよう」
っつって。
「ああ、いいけどー」
って、駅前に集合した。
「なにが食べたい?好きなもの言いなさい」
と言われたので、
「ざるそばーっ!」
って、元気いっぱいに答えたら、
「えー、いやだー」
と言われた。
こっちが、えー!だよ。
好きなもの言えって言ったじゃん!
で、なぜか、「ざるそば」からは180度向こうにある、「とんかつ定食」を食べることになった。
それはそれで、おいしかったんだけどね。
で、それから、毎日、ざるそばが食べたくてしょうがなくて、
でも、なぜか、我慢して、
あれから、5日。
もう我慢できないっす!
っつって、さっき、お蕎麦屋さんで、ざるそば、しかも天ぷら付きを食べたー!!
超幸せーーー!!
ざるそば、うんめー!!
ざるそば、バンザーイ!!いえーい。
昨日、わたしの部屋の前に猫ちゃんがいたんだよねー。
わたしの住むアパートは、ペットNGなんだけど、
もしも、わたしの部屋の前に猫ちゃんがいたら(捨てられていたら)、
そのときは、絶対に飼おうと決めていたのです。
で、昨日、わたしの部屋の前に、猫ちゃんがいたんです。
お、おお〜!!
と、インテルのCMの、マリエになったタカシ、みたいに、
すっごく興味津々で、猫ちゃんを見ていたのですが、
近づくと、逃げられました。
神様が、わたしが猫を飼いたがっているのを知っていて、
プレゼントしてくれたんだと思って、
ああ、願えば叶うのだー!!
と、思ったけど、
「違うわ、ばーか」と、その猫ちゃんに言われた気がする…。
えーん!
ばーか言うほうが、ばーか、や。
で、今日も来てたらいいのになーと思ったけど、来ていませんでした。
寂しいぞ。
猫がほしい。
飼いたいの。
でも、賃貸アパートだし、ペット禁止だし、飼えない。
勝手に飼おうかとも思ったけど、大家さんに見つかって猫を手放さなくてはならなくなったりするのも嫌だし、
まあ、大家さんがダメってんなら、ダメなんでしょうと、大人しく飼わずにおります。
でも、もしも、家の前に、しかも扉のまん前に、猫ちゃんが捨てられていたら、
そのときは、飼おう、と決めています。
まあ、二年間、今のアパートに暮らしておりますが、そんな状況はありません。
何部屋かあるうちの、真ん中のほうにある我が家の前に捨てていく、という不思議な人も、不思議な猫もおらず…、
おらずー!!??
って、今日、仕事から帰ってきたら、猫がいた。
私の部屋の扉の前に。
なんで?なんで?
なんで家の前で前足がりがりさせてんのー??
きゃー!(喜)
うちんちに来てくれたのー?
って走ったら逃げられた。
結局、今日も、我が家に猫はおりません。
この角を曲がれば、出会うかもっ!
よしっ! 出会えっ! 私!
と、気合を入れて、角を曲がりました。
誰もいなかったよ。
当然だ。
そんなに簡単に出会うわけない。
新しい恋に。
先週、37歳独身男性と電話で話した。
「そっちはどうよ、最近」
と聞かれ、
「そのまま返すわ」
と言うと、独身男性は、
「朝、目が覚めたら、隣に嫁、寝てねーかなー、って思う」
って、しみじみ言ってた。
私も、その気持ち、まあ分かる。
その角曲がれば、素敵な出会い、待ってねーかなー。つって思うから。
でも、そういうものぐさがダメなんだよ、私たち。
ちなみに、私、今日角を曲がったら、新しいパスタの店が出来ているのを見つけた。
やったー。
新しい店、見つけたー!
昨日、練習帰り、近所のリサイクルショップで黄色いTシャツが目に付いた。
「今、超かわいいTシャツあったんじゃね?」っつって、巻き戻し、リプレイ、で、店の前で立ち止まった。
390円だってー。
買える。私でも買えるやんかいさー。
手に取ったら、どうやら新品。札がついたままだもん。
試着した。ぴったり。
買った。
たぶん、店のおばさん、
どんっだけ、黄色好きやねん。って思ったろうなー。
だって、私、すでに黄色のTシャツ着てたもん。
それに、黄色のクロックス履いていたもん。
で、今日、出勤したとき、鏡に映った自分を見てびっくりした。
黄色の長T着てた。
黄色のクロックス、また履いてた。
どんっだけ、黄色好きやねん。って、自分でも思った。
首が痛い。
寝違えたかな。
そう思って、行きつけの整骨院へ行って来た。
ここの先生は、シベリア文太に似ているので笑える。
でも、この先生はどもらないよ。
ちなみに、シベリア文太とは、どもりを売りにしている(?)芸人です。吉本興業所属。
「寝違いじゃないですねー。背骨、いや骨盤から歪んでいますぞ」
だってー。
ああ、どうりで痛いはずだわー。
片ひざ立てて、パソコンでブログ書いたり、読んだりしていたからねー歪んだんだねー。
姿勢正してくださいね、とシベリア先生が仰った。
いま、まっすぐ。姿勢まっすぐ。
整骨院を後にして、こんどはリフレソロジーへ。
足が、妊婦さんばりに張っているのです。
もう、そういうところばっかり、妊婦でやんの、私。
おなかには妊娠線があるしねー。妊娠したことねーっつの。
30分コースで、爆睡したよー。
その後、実家へ帰って、かあちゃんの手料理食べた。
マグロとアボガドのどんぶりと味噌汁。
とうちゃんが作ったカブ漬けもあった。カブを作ったのもとうちゃんだぞー。
家に帰って、久しぶりに湯船にもつかった。
KOSEの雪肌粋、とかいう1枚315円のパックも買って、いまパック中。
明日、すっげーキレイなんじゃね?私。
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